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プロフィール

安西健一
Kenichi Anzai
・一般社団法人 日本テニスメソッド普及振興協会 代表理事
・株式会社フィーズ 代表取締役
・テニスプライベートプロジェクト主宰
・コーチライセンス:ATPCA(Australian Tennis Professional Coaches Association)グラジュエート1


1962年神奈川県生まれ  O型 うお座

あなたへの大切なお約束
私は必ず責任を持ってあなたをあなたが目指しているゴールまで
お連れすることをお約束します。
何故ならあなたが勇気を出してしたその行動に対して
私はそれに応える義務と責任があるからです

テニスコーチ歴 37年

レッスン経歴
1980年にテニスコーチになる

グリーンエイトテニスクラブ
町田ローンテニスクラブ
大島フラワーテニスガーデン

1985年アメリカ・サウスカロライナ州ヒルトンヘッド
デニス・バン・ダー・ミーアテニスセンターにて4か月滞在し研修を受ける

以後フリーランスコーチとして神奈川、東京を中心に活動

新横浜プリンスホテルインドアテニスコート
東林間テニスクラブ
南町田アゼリアテニスクラブ
サンスポーツ青葉台テニスクラブ
ウイニングショット
D-tennis

現在、一般社団法人 日本テニスメソッド普及振興協会 代表理事
株式会社フィーズ 代表取締役
東京都八王子市 瀬川テニスクラブでテニススクールを開校中 (株式会社D-tennisと提携)
横浜市青葉区を中心にプライベートレッスンを展開 (テニスプライベートプロジェクト主宰)

『テニスの上達に必要な関節の可動域を広げながら、
 動体視力トレーニングを積むことにより
 より高い次元のテニスを目指す人を育てる』

戦歴

1985年大島フラワーテニスガーデンダブルストーナメント優勝
2000年横浜市民大会シングルス35歳以上ベスト32
2003年横浜市青葉区シングルストーナメント35歳以上ベスト4
2004年横浜市青葉区シングルストーナメント35歳以上優勝

安西健一 : テニスコーチの履歴書 (私とテニスとの関わり)

スポーツとの出会い

私とスポーツとの出会いは、いつごろだったか?
今となっては、あまりはっきりとは覚えていません。

私は近所の子供たちとワイワイと遊ぶような活発な子供ではなく、
部屋で一人、絵を描くのが好きなおとなしい子供でした。

私が小学校に上がった頃にTVで「巨人の星」という野球アニメが始まり、
次第に映像の中の主人公に憧れるようになりました。

いつか自分も野球選手になってみたいと思うようになったのです。
(主人公と同じ左利きだったというのもあるかもしれません。)

思い返してみると、おそらくそれが私とスポーツとの出会いだったのでは。

6年生の時に自治会で子供の野球チームが作られることになり
私もチームに参加しました。

それまで友達と校庭で野球ごっこはしていましたが、
チームとして野球をするのは初めてです。

地区の試合を勝ち上がり私たちは市の大会に出場しましたが、
残念ながら1回戦で敗退しました。

その時に子供心に初めてスポーツ心に火が付いたように思います。

中学に入ると私は迷わず野球部に入り3年間を過ごします。

チーム自体は3年最後の市の大会で準優勝しましたが
私はレギュラー番号を取ることが出来ず代打や代走、守備要員で
たまに試合に出させてもらう程度で引退しました。

今になって解かることは、この3年間の努力と
それでも叶わなかった事(レギュラーになれなかった)

その悔しい思いが今の私のテニスコーチ人生に決定的な影響を与えています。

テニスを始めたキッカケ

テニスとの出会いは高校1年の終わりでした。

高校入学の時に、野球部の顧問の先生と中学のときの顧問の先生が
私を野球部に入れる話をされていたようで、半ば強制的に勧められていました。

しかし、どうしても入る気になれず逃げているうちに
他の部に入るタイミングも逃してしまいます。

なぜ野球部の先生の誘いをかたくなに拒んだかというと
実は私は1つ心に決めていたことがあったのです。

それは

『団体競技はもうまっぴらダ!』

中学の3年間のことを考えると
もう団体競技はやりたくありませんでした。

結局どこの部にも入れなくなり、勉強もろくにしない
かといって情熱を持って何かに取り組むこともしない
私はまったくダメダメな高校1年生に成っていました。

そんな感じで夏休みが過ぎ、2学期も終わり冬休みに入り
いよいよ年が明け3学期に入りました。

さすがにもう限界でした。ダラダラすること自体に飽きがきていたのです。

何でもいいから何かやりたい!と強烈に思うようになりました。

何かやりたい!
何かやりたい!
何かやりたい!

本当に何でもよかったのです。

そんな時クラスメートで仲が良かったN君が

「それだったら、うちの硬式テニス部に入れば?」と誘ってくれたのです。

おおっテニス!?

やりたい!!

当時の硬式テニス部の顧問の先生に、N君が掛け合ってくれて
何とか1か月間の仮入部を認めていただきました。

条件は新しく入ってくる1年生と同じように扱うということでした。
私はその条件をのみ入部しました。

それからは、テニス一色の生活が始まり
勉強そっちのけで(それは以前からでしたね、笑)
テニスに没頭しました。

2年の夏前にインターハイの予選が始まり
団体戦のメンバーには、もちろんのこと選ばれませんでした。

まぁ始めて3か月ですから当たり前ですが普通に悔しかったです!
ただ個人戦にはエントリー出来たのです。
まさしくこれだ、これだって感じでしたね。

生まれて初めてのテニスの試合の会場は、神奈川県の日吉にある強豪校のK高校のコートでした。
個人戦なので試合に行くのも1人です。

途中道に迷ったりして、試合前の緊張は今まで経験したことの無いほどのドキドキでした。
電車の中で本当に口から心臓が出そうでした。

試合相手もK高校の選手でしたが名前は覚えていません。
当時K高校はインターハイ準優勝の高校です。
(優勝は常勝福岡のY高校です)

相手は学内の3軍か4軍の選手だったと思いますが、私より遥かに上の選手。

試合はどのくらいの時間やっていたのか、自分では全く覚えていませんでしたが
周りの人には随分長くやっていたねと後から言われました。

試合ではたくさんロヴィングを使いました。

バックハンドはまだ、まともに打てなかったので
面を上に向けて相手のバックサイドに打ち続けました。

それまでの緊張は試合が始まった瞬間に消えていました。

しかし結果は、0-6でした。

負けましたが悔しい気持ちと、晴れ晴れとした気持ちと半々でした。
良くも悪くもすべての結果と責任を一人で負う。
そんな気持ちを体感できたからだと思います。
とても良い経験をさせてもらいました。

高校最後の試合は3年のインターハイ県予選のダブルスでした。
結果は神奈川県ベスト32で終わりました。

あっけない幕切れでした。
あぁ終わった。

ベスト8を目標にしていたので残念でしたが、
実力的には妥当なところだったと思います。

『テニスを教える』の意味

高校卒業後、私はテニスの練習をしながらテニスコーチを目指しました。
最初に面倒を見ていただいたのは世田谷区内のテニスクラブでした。

最初はコーチのバイトで半年後に正社員になりました。
そのクラブにはマネージャーの他に、プレイングマネージャーの先生がおられました。

T先生はかなり年配の方でしたが、いつも色々な本を読んでご自身でも勉強をされていて
私はそこでテニスレッスンに関わる「いろは」を徹底的に叩き込まれました。

・オンコートでのテニス技術
・オフコートでのテニス理論
・レッスンの進め方
 (2つのレベルのクラスを1コーチ、1コートで進める複合レッスンやプライベートレッスンなど)
・テニスドリルの作り方
・クラス運営
・入門者の導入方法
・運動生理学
・学習心理学

など、数えればキリがありません。

そんな講習が週6日間、仕事が終わってから2時間。それが半年間続きました。
この時にT先生に習ったことは今でも私のテニスレッスンの礎になっています。

講習が終わりかけの頃、先生は私にある質問をしました。

「安西くん、テニスを教えるってどういうことだと思う?」

「えっ?」

一瞬戸惑いましたが、その時は可もなく不可もなくといったような事を答えたと思います。

先生は、それは「人を視る」ことだと教えてくれました。

若かった私は、そんなもんかぁー!?くらいにしか感じていませんでした。

後になって思ったのですが、先生は私にレッスンの事を沢山教えてくれましたが
多分「安西くん、テニスを教えるってどういうことだと思う?」という質問が
先生の最後のレッスンだったのだと思います。

そしてその言葉は、私にとって一番大切な言葉になり、今もその言葉の意味を追求しています。

テニスを考える

ところでテニスが上手くなるとはどういう事でしょうか?
どうしたらテニスが上手くなるのでしょうか?
そして、どうしたらテニスを上手くさせることができるのでしょうか?

これが私のテニスコーチとしての永遠のテーマです。

多くの方をレッスンしていく中で、やっと私なりの答えを導き出すことが出来たのです。

テニスが上手くなる為に一番大切で、ある意味一番簡単な事でもあり
一番むずかしい事であるかもしれません。

それは大きく分けて2つあります。

1つ目は「ボールを見る技術」をみがき、コートの空いているところを見つけ
タイミング良くラケットの真ん中でボールを打てる事。

2つ目は「他人(コーチや教師)に頼らず、
自分が主体的に上手くなろうとする」気持ちを持つ事。

えっ!

そんなこと?

もっと大事なこと教えてくれるのかと思ったよ!

速いサービスを打つ方法とか、強烈なフォアハンドストロークのスイングとか・・・・
と思われるかもしれませんが、それはあくまでも次の話です。

詳しく説明すると「ボールを見る技術」がなぜ大事かというと、
根本的にテニスはタイミング良くラケットの真ん中でボールが当てられれば

外見のフォームや格好は気にしなくてもいいわけです。

勘違いしないで欲しいのは汚くて、格好の悪いテニスをしよう!と言っているのではありません。

むしろ逆に、タイミング良くラケットの真ん中でボールを打つ事に集中できれば
自然に本来の自分に合ったフォームで楽に打てるのです。

理にかなった安定したフォームを身につけることができるという事です。

ボールなり、相手の動き・フォーム・心を視る!

もしかしたら、あなたも経験があるかもしれませんが
私も子供時代から何度か体験していることがあります。

それは周りが超スローモーションに見えることです。

・小学生のとき、バットにボールが当たる瞬間が、コマ送りのような感じで見えた。

ヒットになりました。

・中学の試合でショートの頭上をライナーで飛んできた打球を、前にダイビングして捕球した。

この時は不思議に、相手が打った瞬間に捕れる確信がありボールが
とてもゆっくりと見えたのです。

・冬のトレーニングでチーム全員参加のラグビーをしていた時、
ボールを持った相手の走りそうな軌道が見えて、
相手の動きがスーパースローで見えてタックルして止めた。

タックルした相手は1つ上の怖い先輩でした。怒られると思ったら逆に褒められてとても
嬉しかった記憶があります。

・テニスの試合の時、ダウンザラインにアプローチしてネットに出た時に、
相手のストレートのパスが打たれる直前に予測できて
相手の早い打球を簡単にボレーで決めることが出来た。

この時も鮮明に相手の動きとボールがスーパースローで見えました。

ボールが視えること=

・確実にスイートスポットでボールを捕らえる事ができる

・体のバランスを維持できる

・自分のポジションと相手の動き、相手コートのオープンスペースが見える

テニスにおけるボールの視方=「視る技術」

これが出来るだけで劇的に、しかも確実にテニスは上手くなります。
これこそがテニス上達の1つ目のキーポイントなのです。

私が主宰している「テニスプライベートプロジェクト」でもボールの視方をレッスンの1つの軸に据え
レッスンの中で、ある特別なトレーニングを取り入れています。

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2つ目の
「他人(コーチや教師)に頼らず、自分が主体的に上手くなろうとする」気持ちを持つ事。

これはスクールに通っている方にも、試合に出ている方にもいえることですが、
レッスンを受けさえすれば上達する、コーチについてさえいれば
試合に勝てるようにしてくれると思っているのでは?
と思えるような人がいます。

実際はそのような魔法のスパイスはありません。

見ていると上手くなる人、強くなる人は
まず自分でなぜ上手くできないのだろう?
どうしたら試合に勝てるのだろう?と考えます。

その上でコーチのアドバイスを受けようとします。
自分のことなのに人任せはダメなのです。

ですから私がレッスンをするときには、受ける方にかなり執拗にこのレッスンをなぜ受けるのか?
受けてどうなりたいのか?何を目指しているのか?をお聞きしています。

そうすると聴いているうちに、本人が段々と自覚して来るようになってくるのが良く分かります。
やはり借り物では技術は身につかないのですね!

現在の心境

今、私はテニスに関わっている周りの多くの方々に感謝をしながら
テニスコーチとして生活をしています。

なぜなら決してテニスのエリートでもない私のところへ、多くの方々が毎回楽しみに
レッスンに来ていただいているからです。

出来れば今後も、もっともっと多くの方に出会い
このすばらしいスポーツを伝えていきたい気持ちでいっぱいです。

このサイトで縁を結んだあなたともテニスを通じて共有したい世界があるのです。

長い文章になりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

私の数少ないテニスの戦歴とレッスン歴が記してあります。
読んでいただければわかりますが、はっきりいってたいしたことはありません。
私よりテニスの上手い人間、私よりテニスの強い人間はこの世にごまんといます。

それでも、その中から私をコーチとして認めていただき、
そして選んでいただける事に敬意を表し感謝します。

あなたへの大切なお約束
私は必ず責任を持ってあなたをあなたが目指しているゴールまで
お連れすることをお約束します。
何故ならあなたが勇気を出してしたその行動に対して
私はそれに応える義務と責任があるからです

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